心臓手術について 冠動脈バイパス術

冠動脈バイパス術とは

冠動脈バイパスグラフト術(CABG)は、体の他の部位の静脈や動脈を使って、責任冠動脈の閉塞部分の先に接続します。これにより、血流は狭窄や閉塞のある部位を通らず迂回して流れるようになります。

静脈は通常、脚の静脈を使用します。動脈は胸骨の裏を走る内胸動脈あるいは前腕の橈骨動脈を使用します。内胸動脈グラフトが冠動脈疾患を起こすことはまれで、90%以上は移植後10年を経ても適切に機能します。
しかし、静脈グラフトはアテロームのために徐々に狭窄し、10年後には2分の1が完全に閉塞してしまいます。

手術は、移植する血管の数によって2~4時間かかります。
バイパス術前の3枝バイパス、4枝バイパスといった呼び方は、バイパス術を実施する動脈の数(3本あるいは4本)を示しています。
この手術は全身麻酔で行います。胸の中央を首の付け根から胃の上端まで切開して胸骨を真ん中で切ります。
このような手術法は開心術と呼ばれています。心臓を動かしたまま手術することもあります。
入院日数は7-14日です。
血管の詰まりが1か所(1枝)など比較的閉塞が軽微な場合は、鼠径部などから血管にカテーテルを入れ、詰まった箇所をステントなどで広げるカテーテル治療も有用です。

手術のリスクには脳梗塞があります。脳卒中のリスクは2~3%、死亡率は2%未満です。
心機能が低下している人、以前の心臓発作によって心筋梗塞をおこしている人、その他の心血管障害のある人では手術に伴うリスクがいくぶん高くなるので、事前の診療や検査で心臓の状態を確認しておく必要があります。
しかし、これらの人でも手術が成功すれば、長期生存が期待できます。


冠動脈バイパス手術完成図(3枝バイパス)

心拍動下冠動脈バイパス手術(オフポンプCABG)

2000年頃より日本では人工心肺を使わない、心臓を動かしたまま人工心肺を使わない方法で行うオフポンプ冠動脈バイパス手術が行われるようになってきました。
現在日本で1年間に行われている約2万件のうちの60%以上の症例がオフポンプで行われています。

人工心肺を使わずに心臓の直径2㎜以下の血管に新しい血管をつなぎますので、うまくつながるかどうかは外科医の技にかかっています。

さらに、吻合する冠動脈は心筋に絶えず血液を送っているわけですから、その血流を一時的に止めてそのすきに血管を吻合しなければなりません。時間を短く正確に吻合する技術が問われます。

また血流を遮断している間に心臓の動きが悪くなったり心停止を起こすことがあります。
冠動脈の遮断中も、心筋に血流を流す機械を使っている病院や、人工心肺を常にスタンバイしている病院で手術を受けることが安全性を上げるでしょう。
結果は数字にも表れていて心拍動下冠動脈バイパス手術の初回手術の死亡率は1%ですが、術中のトラブルから人工心肺へコンバートした症例では死亡率3%と急上昇します。

心拍動下冠動脈バイパス術に用いるスタビラーザーという道具により冠動脈予定吻合部は動かなくなる
心拍動下冠動脈バイパス術に用いるスタビラーザーという道具により冠動脈予定吻合部は動かなくなる

遠隔成績

CABG術後の遠隔期生存率は高齢、左室駆出率、糖尿病、冠動脈病変枝数、性別が予測因子とされています。
静脈グラフトの粥状硬化、閉塞は、遠隔期の狭心症再発や心臓死亡の主要な原因とされるためグラフト選択は大切です。

内胸動脈の前下行枝へのバイパスは長期開存性に優れ、これにより、遠隔生存率や心筋梗塞発生回避率を向上させることがわかっています。

グラフトの選択

内胸動脈を用いた冠動脈バイパスの、長期の成績はいいことが示されています。
10年間の経過観察に90%以上の内胸動脈グラフトが開存を認め、10年生存率が良好と報告され、一方、米国での大伏在静脈の10年開存率は60%以下です。
そのため20年ほど前より、静脈グラフトをなるべく使わない手術として両側内胸動脈や胃大網動脈、橈骨動脈を用いた動脈グラフトによる手術が広まり、現在では二本以上の動脈グラフトを使う施設が増えています。
内胸動脈の他に橈骨動脈や胃大網動脈などが使われるようになりました。
しかしながら、胃大網動脈の長期成績や橈骨動脈の長期成績が日本で報告されるようになり、内胸動脈ほどの優位性がないことが分かりました。また、日本人の大伏在静脈の開存率は米国と同じではないこと、大伏在静脈はグラフト血流が多いという利点や、橈骨動脈とくらべ攣縮もなく開存率に差がないので、我々は積極的に使用しています。

橈骨動脈大伏在静脈
橈骨動脈(左)と大伏在静脈(右)の採取

冠動脈バイパス術の低侵襲手術

小切開冠動脈バイパス術(MIDCAB)

胸骨正中切開にて行わずに、小さい切開(左の乳房下に7-10㎝)で手術を行います。

左小開胸を行い内胸動脈を剥離し、off-pump下に冠動脈バイパス術を行う術式です。MIDCABは侵襲が極めて軽度で有用な術式です。
またMIDCABは単に傷が小さいというだけではなく、胸骨を切開しないので術後の回復が早い点もあります。
ただしグラフト採取は比較的難しいのでMIDCABはどこでもできる手術ではありません。
採取には我々はダビンチを使います。

また、カテーテル治療と組み合わせてハイブリッド治療を行う方法もあります。内科的に血管にカテーテルを挿入して行う治療と外科手術のいいとこ取りで組み合わせるもので、今後はこのような低侵襲の治療が主流になると思われます。


小切開冠動脈バイパス術(MIDCAB)

ロボット心臓手術

さらに新しい技術を利用すれば、胸の切開創ははるかに小さくなり、バイパス術の侵襲度も最小限にできます。その1つがロボットを応用した手術法です。

外科手術用ロボット:マスター・スレイブシステムを有する手術ロボット、da Vinciが1999年より発売され、世界で臨床に用いられています。すでに2000台が世界で稼働しています。
マスター・スレイブシステムとはコンソール(マスター)に位置する術者が内視鏡画像をモニターで見ながらコントローラーを操作し、患者側のポートより挿入されたロボットアーム(スレイブ)がその操作に応じて鉗子を動かし操作するシステムです。
Intuitive Surgical社のda Vinci Surgical Systemは、高解像度3次元画像に7自由度を有する鉗子を加え、さらに手の振りを縮尺する機能(scaling)や手振れ防止機能(motion filter)なども持ち合わせており、冠動脈バイパス手術にもロボット支援下手術でもその有用性が報告されています。
外科医はスコープを通して手術の状況を拡大された3次元画像で見ます。

患者の胸骨を切開する必要はありません。小さなポートを通して完全内視鏡下にCABGを行うので、この新しい技術の方が開心術よりも短くて済みます。
術後の痛みもなく患者はストレスなく早期退院と社会復帰が可能である。今後の技術革新によってその適応が定着、拡大されることが期待されます。
欧米の一流施設ではすでに心臓手術に15年前より使われています。

急性冠症候群(心臓発作、心筋梗塞、不安定狭心症)に対する外科治療

急性冠症候群は、冠動脈が突然閉塞して起こります。閉塞の位置と量に応じて、不安定狭心症や心筋梗塞が起こります。
急性冠症候群の合併症は、冠動脈の閉塞の程度や期間や位置によって異なります。閉塞が広い範囲の心筋に影響を及ぼしている場合、心臓は効率的に動くことができなくなります。
あわてて病院に駆け込まないためにも、何らかの徴候を覚えたら、早めに心臓専門医の診療を受け、検査で冠動脈の状態を把握して予防を心がけることが肝要です。

急性心不全

心筋梗塞では心筋の一部が壊死します。
心筋が広範囲に壊死すると心臓のポンプ機能が低下し、心臓は体が必要とする量の血液と酸素を送り出せなくなります。心不全、低血圧、またはその両方が生じます。心臓組織の半分以上が損傷を受けるか壊死すると、心臓は機能を果たせなくなり、重度の障害が残るか死亡する危険性があります。
補助循環装置を装着することもあります。

心破裂、左心室瘤、乳頭筋断裂による急性僧帽弁閉鎖不全等

救命率は極めて低いですが外科治療を行います。

ニューハート・ワタナベ国際病院の紹介

心臓血管外科・循環器内科を中心とした高度専門治療を行う「ニューハート・ワタナベ国際病院」では、身体に優しい小切開手術や手術支援ロボット、ダビンチを用いた超精密鍵穴(キーホール)心臓手術などを提供しています。診察から手術を通して痛みや負担から患者さんを解放することを目標にし、日々工夫しています。
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