2014年8月『ドクターズファイル』ダビンチでのロボット心臓手術について

浜田山駅から徒歩6分、43床を有する5階建ての「ニューハート・ワタナベ国際病院」を訪ねた。総長の渡邊剛先生は、手術支援ロボット「ダビンチ」で心臓手術ができる心臓外科医のスペシャリスト。大学病院の教授などを歴任した後、2014年に念願の心臓専門の病院を開業。心臓大血管疾患および胸部疾患を中心とする高度専門治療を行う。また、多忙な毎日ながら小・中学生対象に自身が執刀する心臓手術の見学会を催すなど、子どもたちの未来のためにも尽力。「自分が生きている間、手術を必要とする一人でも多くの方に、日本で1番の手術をして差し上げたい」と熱く語る渡邊先生。輝かしい実績に奢ることなく、医療や人と真摯に向き合う姿勢や、優しく、時折ユーモアを交えながら丁寧にお話しして下さる姿が深く心に残った。
(取材日2014年8月4日)

心をこめた手術とホスピタリティを大切にするチーム・ワタナベが集結

―大学病院の教授などの職を歴任された後、新しいスタートを切った理由をお聞かせください。

私は手塚治虫氏原作の「ブラック・ジャック」に憧れて医師になったこともあり、最後は患者さんのためにすべてにおいて自分の理想を発揮できる心臓専門の病院を作りたいと考えていました。残された自分の人生の時間で、一人でも多くの患者さんの手術に専念することが長年の夢だったのです。ですから、大学病院での教授はいわば私の途中経過、仮の姿でしかなかった。41歳で金沢大学の教授になった際も、早く教授を辞めて自分の病院を持ちたいと思っていて、翌年には建物を探しに行くなど開業のために動き始めていましたね。いざ教授になると後輩ドクターらの応援もあり、気付けば13年間在籍、大学病院でしかできないことを経験させてもらいました。教授になった当時は心臓手術の発展段階で、人工心肺を用いないオフポンプ手術や今のような内視鏡はありませんでした。そういったオフポンプや内視鏡による手術を研究段階から一般的な医療段階まで高め、確立していくことは大学病院の充実した設備や体制、多くの方の協力があったからこそできたことです。そのほかにもまざまな経験を経て、このたび条件が整い、患者さんに新しい心臓を差し上げたいという思いで院名を「ニューハート」とし、開業に至りました。

―浜田山で開業された理由は。

リサーチの結果、杉並・世田谷区には約140万人もの高齢者が住んでいるにもかかわらず、心臓血管外科などの充実した病院がないため区外搬送が多く、医療圏としては十分ではない面があることがわかりました。そこで、脳や心臓に重大な疾患があり困っておられる人のサポートができればと思ったのです。他には杉並区の知人や建物と縁があったという理由が大きいですね。開業にあたり、今までいっしょに多くの手術を手がけてきた、金沢大学附属病院や東京医科大学附属病院の「チーム・ワタナベ」のメンバーたちがついてきてくれました。

―医療コンシェルジュの方の温かい対応が印象的でした。

医療技術が高く、かつお越しいただいて気持ちの良い病院にしたいと思っていました。受付にコンシェルジュを配置したのも、不安な思いを抱えながら来られる患者さんに、少しでも気分良くなってもらうためです。心臓という臓器を扱う病院ということもあり、怖い思いをさせてしまったら不整脈が起こる原因にもなりかねませんしね。いい環境のもとでなら食欲も増加し、心も元気になってもらえるでしょう。

―他にも特徴的な設備について教えてください。

患者さんのご家族がリアルタイムで手術を見学できるスペースを設けました。見学室の窓から手術室の全体が見渡せるんですよ。手術を見たいとおっしゃるご家族は全体の約7割で、多くの方に見ていただいていますね。私たちは手術のすべてを見せるだけの自信がありますし、実際に見ていただければ、ドクターやスタッフがどんな動きをしているかが一目でわかり、より安心していただけると思います。

理想の医療が実現できる手術支援ロボット「ダビンチ」との運命的な出会い

―ダビンチに出会われた経緯を教えてください。

ドイツのハノーファー医科大学で2年半の臨床留学中、2000件にわたる手術を経験し、帰国後の1993年に人工心肺を用いず心臓を動かしたまま行うオフポンプ手術を成功させました。内視鏡を使った心臓手術にも傾倒していましたが、同時に内視鏡でできることの限界も感じていましたね。そんな時、ロボット内視鏡が完成するという一報を聞き、実際にどんなものか見たくてすぐに製造元のアメリカ・カリフォルニア州へ飛びました。その日はダビンチ第1号ができあがった記念すべき日でね。イタリアに輸出されるために機器が箱に詰められている瞬間に立ち会うことができました。ダビンチを初めて見たとき、直感的に「これは世界の医療を変える機器に違いない」とピンときたのです。いうなればいちばん好きな女性にめぐり合ったような、そんな胸が高鳴る思いでしたね。このロボット内視鏡なら自分がめざしていた、通常の内視鏡ではできなかったことを実現できると思ったのです。しかし当時の価格で2億5千万円ほどする機器だったため、当時新米教授だった私が手にすることは容易でなく、何度も申請しましたが却下されていました。しばらくして、自分がやってきたことの積み重ねが認められたり応援してくれる人の後押しがあったりしてようやく金沢大学への導入が決定。念願のダビンチを手にすることができました。そして2005年に日本人で初となるダビンチでの心臓手術を行いました。

―今までの内視鏡とロボット内視鏡を使った手術の違いについて教えてください。

例えば、通常の内視鏡を扱うのは、長いお箸を使って豆をつまみ、まな板からフライパンまで移動させるような感覚。立体的でない2次元の画像を見ながら行うため、やりづらく手も痛くなります。一方ロボット内視鏡の場合は、3次元の立体的な画像も見られて、豆を手でつかむような感覚なので、とてもスムーズ。そのため体の奥の深いところでの細かい作業に適しています。よくロボットを扱うのは難しいのでは? と聞かれるのですが、内視鏡が的確に扱える人にとっては快適でとても使いやすい機器なのですよ。患者さんにとっても低侵襲な手術で、普通の内視鏡での手術の数分の一以下の出血、小さな傷痕で済むので大きなメリットがあります。実際に手術を受けた患者さんは術後、痛みもほとんど感じないと驚かれますね。今まで胸を切り開く手術というのは肋骨を開けて行うため、数週間は動けない状態が普通でした。しかしダビンチでの手術は体を切らず鉗子注入用の数か所の小さな穴を開けるだけで済むので、手術翌日、または翌々日には患者さんが点滴なしで歩けることも。今までの内視鏡の手術ではありえなかったことですね。

―2008年に「日本ロボット外科学会」を設立されたそうですね。

現在はロボット手術が導入された第1段階から、クオリティを高める第2段階に入ったと思っています。ロボットは扱う人によってはいいものにも、そうでないものにもなるのです。そのため、患者さんにわかりやすく安心していただける指標を示すために、ロボット外科学会では手術数や経験によってドクターの段階別にライセンスを発行することにしました。また、ロボットは外科だけでなく消化器科や泌尿器科、耳鼻科などあらゆる科においても活用できますが、お互いの診療科でどのように周辺機器を用いてロボットを使用するのか知らない部分もありますので、診療科を越えてドクター達が情報を共有し、全体をまとめられる場になるよう努めています。

―お忙しい日々だと思いますが、先生を支えているものやお好きなものを教えていただけますか?

お茶は一日に10杯以上は飲んでいますよ。食べ物ではおすしも大好きですね。休める時間は多くはないですが、今は喫煙もしないですしお酒も飲まないので健康的な生活をしているのではないでしょうか。あとは、子どもが5人おりますので家族と過ごす時間も私にとって大切な時間です。それから、自分が医師になるきっかけとなった漫画「ブラック・ジャック」は宝物ですね。純粋な学生時代にあのような、どの本に勝るとも劣らない名作に出会えて本当に良かったと思っています。「ブラック・ジャック」を読んで、薬ではなく腕一本で患者さんの手助けができる外科医に魅力を感じましたし、命の大切さを心から理解している医師になりたいと強く思いました。外科の中でも特に心臓外科は結果がはっきり出ますし失敗が許されるものではありませんが、患者さんの回復した姿が見られて感謝していただけるいい仕事だと思っています。

限りある生命時間の中、極上の手術で一人でも多くの患者さんが元気になる手助けをしたい

―どのような思いで執刀されるのですか。

勇気と慎重さを持ち、心をこめて、もっともよい手術をして差し上げようということは常に思っています。手術室では、執刀する自分の立ち位置を高い所から俯瞰しているもう一人の自分がいて、今の手術が順調に進んでいるか、それとも滝つぼに落ちる一歩手前なのか見ているのです。その手術を支障なく進めるための準備として、前日に患者さんの体の状態やいくつかの指標を頭に入れ、起こりうるあらゆる事態を予想しながら機器や道具を触って手術のシミュレーションをします。頭でイメージするだけでなく、実際に手を動かすことで体が必要な動きを覚えるのです。この準備は昔と変わらず今も必ず行っています。

―子どもたちへ手術を見学する会も催されていると聞きました。

子どもたちに本物を見せてあげたいという思いから取り組んでいます。絵画を例にするならば、絵のコピーを見ても本物と視覚的には同じかもしれませんが、美術館で飾られている絵なら、その下のデッサンや絵の具の重ね方などもわかり、感じ方が違うはずです。同様に、手術においても子どもたちに薄っぺらいものを見せるのは失礼ですし、録画ではなくリアルタイムで、かつ下手な手術ではなく上手い手術を見てもらいたい。本物を見ることが本物を見分ける力の助けになるのではないかと思っています。手術を見る子どもの反応はさまざまですが、びっくりするばかりではなく医療として見ている子もいれば、科学として見ている子もいて興味深いですね。将来医療の仕事に携わるのかどうかは別として、子どもたちにとって記憶に残る一日になればいいなと思っています。手術のライブ見学会に限らず、人々の記憶に残る、印象付けるというのはいろいろな仕事においての醍醐味だと思いますね。

―さまざまな偉業を成し遂げられてきた渡邊先生ですが、今後の展望をお聞かせください。

年間2000例の手術を実現することが夢ですね。限りある生命時間ですが、私が生きている間、日本のみならず世界の心臓病に苦しむ患者さんの一人でも多くに、いい手術をして元気になる手助けをして差し上げたいです。チーム・ワタナベの手術の成功率は世界標準をはるかに超え驚異的といわれますが、私にとっては当たり前で、それよりももっと良くしたい。適切でない手術を受ける患者さんを、一人でも少なくできればと心から願っております。

―読者へメッセージをお願いします。

患者さんには、極上の手術を極上の環境で受けていただける権利があるとお伝えしたいですね。そのためにはよく病院を選んでいい手術を受けていただきたいです。私のホームページでは、来院して直接話をすることが難しい方でも、ダビンチ手術を希望される方にはホームページからメールを受け付けていて、私が患者さんに直接返信しています。このインターネットを通じての試みは、東京と金沢の往復を続けていて、外来の時間がなかなかとれなかったときに考えあぐねて思いついたことですが、実際にニーズも高いですね。そうして情報を得て私たちのもとへ来て下さった方にはできうる限りの小さな傷と痛みで良くなって元気に帰ってもらうことを約束したいです。私たちはホスピタリティや、日本一の手術を提供しようという心構えを大切にしながら、患者さんを一生懸命に治して差し上げようと努めます。

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