company driven medicine:カテーテル弁置換というブランディングに翻弄される医師達

 2013年より、TAVIつまりカテーテルによる大動脈弁置換が保険適用となり徐々にその適用が拡大されている。日本においてもTAVIはその勢いはとどまるところを知らない。医療と言う現場から離れてTAVIはすでに株式市場という商売においても注目を集めCGAR(年平均成長率)は12%と言う非常に高い成長率を遂げるとされ投資家の注目を集めている。

 “ブランディング”の基本は従来の形を少しモディファイすること。例えば万年筆モンブランがその直径を太くしたように、スターバックスがそのコーヒーの味を濃くしたように、ハーゲンダッツがアイスの脂肪含有率をあげたりして、付加価値を加えて市場占有率をあげたり、新しい市場を開拓してクライアントを増やすることが手法です。TAVIは見事それに成功し、今まで外科手術適応でなかった患者さん(例えば90歳以上の高齢者など)の市場を開拓しました。そこまではコンセプトは良かったとは思いますが、その適用がどんどん若年者に拡大したのは、メーカーとそれを使う医師の相互のwin winの関係のなせる技です。ポリシーもなく新しいものをやりたがる医師も残念ながら沢山おり、モラルも低下したことで、より若い患者さんにTAVIを適用する事例が増えています。主人公は外科医ではなく循環器内科医となり、それを影で支える海外医療機器メーカーは彼らに十分な資金援助や啓蒙手段を提供し患者を増やしています。外科手術で用いる人工弁の価格は保険償還価格が90万円程度となっていますが、カテーテル弁の償還価格は450万円以上近くとなり、極めて高額な医療材料費が保険で支払われることになります。問題はそれが我々が積み立てた医療保険の原資や税金からということなのです。

 一回の治療の医療費は、外科手術で3,000,000円程度ですがTAVIは総計で6,000,000円近くになってしまいます。器械代が高いので儲かるのはメーカーだけなのです。

長寿時代に二律背反のTAVIの根本的問題点:TAVIは命短し恋せよ内科医

 費用的な問題はさておき、このカテーテル弁には大きな問題があります。弁の寿命が6年程度の短いことです。本来85歳以上を目安としていた適応をドンドン若年者に繰り上げて行っています。やってみたら死亡率が外科手術よりほんの少し低いからと、若年者へジャンジャン適応拡大したためです。

 例えば弁の破壊が進むのが6年とすれば75歳の人では、81歳で壊れます。大動脈弁輪の小さい日本人には再びTAVIはしにくいので、今度こそ外科手術で再び弁を取り替えなければなりません。

 TAVIを推している内科医達の殺し文句は、『胸を大きく開けなくても治るんですよ』です。

 しかし人生100年時代と言われている現代、特に日本の場合は寿命が長いので85歳未満の患者さんにTAVIを入れる事は倫理的にも、生命予後的にも後々の“心臓治療”のリスクを上げることになります。

 皆さんTAVIの5年死亡率(生存率ではありません)は60%程度、というデータをどう見るかよく考えて欲しいものです。

 一方外科手術で用いる生体弁の寿命は高齢者になれば15年から20年が保証されます。手術のリスクさえクリアしてしまえば、弁の寿命はTAVIよりも外科手術の生体弁の方が良いわけですからより長い長期予報を得られる事は確実です。

TAVIのリスクは優れた外科手術より高い

 それだけではありません。

 TAVIの30日以内の手術死亡率はPARTNER TRIALによると2%。またTAVIではMRIで発見される、いわゆるサイレント脳梗塞を含めて70%におっているという事実です。高度石灰化をきたした大動脈弁をそのままに「えいやっ」と拡張するわけですから石灰化のカスが飛んでいきます。これは実際の外科手術の時に石灰化の強い大動脈弁狭窄症の弁を見れば明らかで、TAVIをやる内科医はいったい現実の石灰化の激しい大動脈弁を見たことがあるのでしょうか?これだけ見ると私が患者でしたら、外科手術に近づいたと言われても相当全身状態が悪くなければTAVIにメリットを感じません。

外科手術も進歩している :小切開手術

 日本でこれだけTAVIが普及した原因は国民皆保険という制度もあり、また外科手術そのものの安全性にも問題があるからです。心臓血管外科のデーターベースによれば日本における大動脈弁置換術の30日手術死亡は2.5%以上で、世界水準ですが私から見ると決して満足する数字ではありません。我々の単弁置換の成績はこの7年間でリスク0%、全ての手術の死亡率は0.5%ですからわざわざTAVIを患者さんに勧めるケースは限られています

 最近は大動脈弁手術に小切開手術が可能もなってきました。まだまだやっている病院は少ないですが右胸に5cm程度の切開で、骨も切らず肋骨の間から大動脈弁を取り替えることができます。大きく胸を真ん中で開ける必要がなくなったことで 体への負担は軽く、出血は減少してしかも早く退院できます。

TAVIに良いところはないのか?

 無くはありません。それこそ外科手術ができないほど全身のリスクが高い患者さんには、期間限定ですが良い適応です。解体を控えたビルを期間限定で安く借りられるようなものです。アメリカの置いていった民主主義みたいな、まるで『はかない根無草』のような物ですが手立てがないよりは良いでしょう。

 具体的な使用例は、すでに冠動脈バイパス手術などを行なって今度は大動脈弁狭窄症で再び心臓手術になる患者さんや、フレイルの患者さん、また人工弁置換後、例えば75歳で生体弁による人工弁置換を受けていて90歳を超えて弁が壊れた時にこそTAVIを行うのが良いと思います。

 それ以外は思いつく適応はなく、弁手術を年間500件ほど行なっているニューハート・ワタナベ国際病院でもTAVIの候補になる患者さんは2年に1人程度です。

結論

 これから考えると、85歳未満の方の1番良い選択肢は手術成績の良い病院で外科手術を受けることを第一選択として、他に合併症等を持っていて手術リスクが極めて高いと思われる患者のみ85歳未満でも適用とすべきです。大動脈弁置換のほとんどは小切開手術が可能ですから、大きく胸を開く必要もありません。 循環器内科医も85歳未満の方に進めるときには自分の親であればどの手術を選べば良いかを考えですすめるべきではないでしょうか。

 先日88歳の患者さんがこられてTAVIの予定でしたが、TAVI内科医からまずは90歳までがんばりましょうと言われたそうで、100歳以上を目指して生きようと思っていた患者はTAVIをきっぱりお断りし、外科手術になりました。術後は大変元気になりました。