2014年9月1日 朝日新聞社/メディカル朝日 ロボット心臓手術について

編集長インタビュー (聞き手:本多昭彦=本誌編集長 構成:塚﨑朝子)

渡邊 剛(ニューハート・ワタナベ国際病院 総長/心臓血管外科医)

ロボットで患者にやさしい手術を極める

2014年5月、都心にほど近い住宅地に、心臓血管外科の高度専門治療病院がオープンした。仕掛けたのは、日本で初めて手術支援ロボット「da Vinci(ダビンチ)」による心臓手術を行った外科医。ロボットを核に高度な専門治療を手掛けつつ、新たな医療機器の発明にも挑み、医療システムの改革を目指している。

-この春、なぜ大学教授を辞めて開業されたのですか。

2000年に金沢大学教授になり、新しい医療や研究など、やりたいことをやり尽したことが、一つです。手術支援ロボットに出会い、ライフワークにしたいとロボットの自作を試みていた頃、da Vinci(ダビンチ)が世に出てきました。250件ほど手術に用いた末、この手術は非常に良いと分かりました。あと10年か20年かわかりませんが、限りある生命時間で何を一番したいかと、自分の心に問いかけたら、「ダビンチでロボット手術をやりなさい」という天の声が聞こえたのです。大学は、新しい医療に取り組みやすい素地はありますが、雑用も多く、研究や臨床だけに打ち込む時間がなかった。さらに、経営という足かせがあり、予算面などで、自分がやりたい手術をするのは非常に難しい。
僕の夢は、ブラック・ジャック(手塚治虫の漫画に登場する天才外科医)です。自分にしかできない手術を腕一本でやりたい。盟友のダビンチとなら、この道を歩んでいけます。

-医師になられたのは、ブラック・ジャックがきっかけですか。

中学校時代、同級生から、面白い漫画があると勧められました。ブラック・ジャックは手術に長けているだけでなく、新しい手術を自分で編み出します。患者さんに大金を要求しますが、それ自然保護に回したり。独自の人工心臓のように、手術の道具を作るために投じていました。

大きく胸を切開する手術への疑問

-体の負担が少ない低侵襲手術に取り組むきっかけは。

心臓外科は、胸を真ん中で大きく切って手術をしなくてはなりません。医師になって2~3年目に経験したことは、たった1本の冠動脈バイパス手術をした患者さんが、就労できるまでに時間がかかったため、それが理由で解雇されたことです。
昔は「Big Surgeon, Big Incision(名医ほど大きく切る)」と言われました。しかし、バイパス1本つなぐだけで、大きく切開しなくてはいけないのが疑問で、小さく切る方法をずっと考えていました。1990年、ドイツ留学中、イタリアでそうした手術をしていると聞いていましたが、実際には何をしているか全くわかりませんでした。
その後、「Newsweek」で心臓を動かしながらバイパス手術をするという記事を読むと、心臓の一部を凍らせて動かなくすると書いてある。一部を止めるだけなら自分たちでもできるだろうと、当時市場にまだなかったスタビライザー(心臓表面に吸着させ心臓の動きをその部分だけ制限する器具)を考えだしました。
93年に富山医科薬科大学(現・富山大学)で、それを用いた手術を始めてみると患者さんの回復がとても速い。受けた胃癌手術よりはるかに負担が軽い」と。これはライフワークになる、自分の医師人生を決めるだろうと思いました。出血も感染も抑えられ、合併症も少なく、退院が早いのです。
富山では、僕の下は3年目の下界だけで、2人で手術をし、術後管理もしていましたから、患者さんにも自分たちにも楽なことをと考えたら、小切開手術がぴったりでした。人工心肺を使わないだけでも格段の進歩です。
しかし当時、学会で発表後、司会者が聴衆に向かって「こんな危険と思える手術をやっていく先生はいますか」と尋ねると、誰も手を挙げませんでした。今は全国の7割の患者をその方法で手術しています。

-批判にめげなかったのは。

必ずスタンだードになって需要が出ると自身がありました。僕の支障は、「いいと思えばやる」という哲学の持ち主でした。

精鋭手術部隊2チームを仕立てる

-小切開以外に取り組まれた低侵襲手術にはどんなものがありますか。

僕の十八番の一つは、局所麻酔だけで行う手術です。また、大動脈瘤を自動吻合器だけで吻合しました。ロボットを使わない完全内視鏡下のバイパス手術も世界で最初に行いました。
完全内視鏡手術の研究中、ZEUS(ゼウス)、ダビンチというロボットが、相次いで2社から発売されるというニュースを耳にしました。どちらかにかかわりたいと、金沢大学教授になった翌年の2001年に文部科学省に申請しましたが、大学上層部に理解がなく、陳情の末、05年にようやく入りました。
ロボット手術を始めたころ、東京医科大学へ来てほしいという話が持ち上がりました。東京医大病院で心臓手術を受けた患者が続けて亡くなった後で、東京医大は湿地回復を目指していました。当時の学長が金沢に2度いらして、金沢大学の医学部長と病院長を説得してくれて、東京医大にもダビンチを購入して頂き、手術をすることになりました。
心臓外科だけに使うのは申し訳ないと、泌尿器や産科などの先生に勧めたところ、「願ってもない」とトレーニングを始めてくれました。

-手術のチーム編成は。

一人で東京医大に行ってもうまくいかないので、下の医師を3人東京医大に送って、看護師2人と麻酔科医2人を固定でつけてもらいました。医局も作ってもらい、僕を入れて4人で始めました。金沢大には、僕がいないときにも手術ができるように精鋭を残したので、チームを二つ作りました。東京医大は3年を2期という約束でした。2期目には特定機能病院の指定も回復できたので金沢へ戻りました。

混合診療による普及への期待

-ロボット手術普及の課題は。

何より高額な医療費と、技術的難しさです。今は全額自費で300万円を払って手術を受ける患者さんを対象としていますが、混合診療を解禁し、ロボットの分だけを患者さんに自己負担にして、入院療養費、薬剤、麻酔、人工心肺といった器具や道具には保険を使えるようにしてほしい。ちょっとお金を足せば受けられる治療になれば、手術を受けたいという人が多く出てきて、広がっていくでしょう。
保険適用となった泌尿器科のダビンチ手術と比べ心臓はかなりのトレーニングと経験が必要です。仮に混合診療が解禁され、どこでもロボット手術を100万円で受けられるかといえば、経験もないところでは受けられません。各医療機関の医療レベルを評価してから混合診療を認めてほしいのです。

-国内でダビンチを入れた病院は、どこも採算が取れていません。

アメリカでは、例えば泌尿器科で、ロボット手術の看板を出すと患者さんが押し掛け、投資は回収できるらしいですが、日本は手術数からみて採算が合いません。まず、この医療の良さを評価してもらうことが重要です。

-患者さんは、心臓のロボット手術に何を求めてくるのですか。

まず、回復の速さです。新刊で一番増えているのが僧帽弁閉鎖不全症で、ふつうの手術は傷跡が大きく、痛みも伴います。それが嫌で、僕を探し出して来院する患者さんは多くいます。
心房中隔欠損症は、カテーテルで金属製の閉鎖栓を挿入する治療がありますが、穴が2つあったり、金属アレルギーなどがあると行えません。大人の心房中隔欠損症は、ダビンチ手術の非常にいい適応です。 需要に応えたいと、アクセスのいい場所に病院を造り、値段もなるべく低く設定しました。大学にいると3億円のロボットのコスト分が上乗せされ、500万円という値付けがされますが、普通の人は払えません。
今は穴を四つか五つ開けていますが、一つでも減らし、さらに穴を小さくして、より細い内視鏡の機械で手術をしていきたいと思います。

子供たちにライブ手術を披露

-子供たちに手術の体験学習会をされていますね。

医学部で教育をするうち、お金目当ての人や、勉強ができるというだけで医学部を勧められる人が多いことが分かってきましたが、明らかに間違いです。医学部は教養課程をなくして4年にしろとかいう人さえいますが、生命科学や哲学、文学などが分からない人が医師になるから金勘定に走ったり、患者の心情が分からなかったりする不遜な医師が植えるのです。
ライブ手術は、純粋に「医師っていい仕事だな」と分かってもらえる人が1人でも出ればいいと思って始めました。小学校高学年から中学3年までに限定したのは、そのためです。最初のライブ手術の参加者から医学部に入った子も出て、金沢大学にも1人入りました。

-ブラック・ジャックに近付いたという実感はありますか。

20年以上前のある緊急手術で、不思議な力で、手術がスルスルと進んで患者さんが良くなったという経験があります。富山時代、まだ経験が浅く手術に慣れていない頃、動脈瘤破裂の患者さんが緊急入院しました。救命は難しいと思える程重症で、開胸すると動脈瘤が破裂しました。何をどうしたか覚えていませんが、操られたように手先が勝手に動き、いつの間にか手術が終わり、患者さんはどんどん回復しました。こういうことを2階経験し、手術室にはきっと神様がいるのだろうと思い、今の手術室には神棚を据えました。

-心臓外科医に不向きな人は。

まず心の冷たい人、手術が下手な人。下手は自覚できないので、一番問題です。トラブルで頭が真っ白になる人や、勘の悪い人もダメ。手術を見れば、適性はすぐに分かります。
プロが経験と知識を積むと、何があっても大慌てはしません。たとえば心臓が止まっても3分間は大丈夫だから、よく考えようという余裕が出てきます。

-心臓外科医の育成のコツは。

僕らは育てることはできませんので、見つけ出して、チャンスを与えます。外科医は、人に頼れない仕事です。

-若い医師に望まれることは。

まず、患者さんにやさしい医師であること。患者の痛みが分からず、自分の功名心にはやって無理をしたり、できない手術をしたりすれば、自分の首を絞める以上に患者さんを苦しめます。やさしさを学ぶのは難しいけれど、そうしたことが苦手な人は、医師にならないでほしい。そう儲かる仕事でもないので、一流企業にでも行った方がいい。

-仕事の息抜きは。

工作が好きで、いつも新しい医療機器を考えています。仲の良いプラスチック屋さんや金属の加工業者に、描いた設計図を送って作ってもらい、手術で使っています。
原型は、粘土や紙、プラスチックで作る場合もあります。3Dプリンターにはとても期待していて、価格が下がるのを待っています。
日曜大工で、庭に子供の遊び小屋を建てたり、車も改造して、内装もミシンで革のシートを作りました。

-新病院の英語名に、Institute(研究室)という言葉を使った意味は。

医療は生きているので、どんどん新しいことを検証しながら進歩して行かないといけません。ただし、初期研修医は採りませんし、教育もしません。ブラック・ジャックは選ばれし人で、教育してなれるものではない。麻酔科医も含め、みんなベテランです。
将来、同じ施設を全国に八つくらい作って、ここと同じレベルの手術を使用と思っています。開院1カ月でロボット手術を3件、動脈瘤などの普通手術を20件行いました。

-国産ロボットへの期待は。

日本には技術もあるし、ダビンチより優れた部品も使えるので、本当は作ってほしい。ただし、特許に縛られているのと、日本企業が医療で失敗したら本体が危うくなるという偏見に満ちた危機意識が障害です。
ドイツやアメリカにはロボット開発に意欲的な会社があり、2種類ほど、脳外科や整形外科など用途匂い自他専門的なロボットを作っているそうです。

自動で動きを再現する究極の手術

-ダビンチ手術はチャレンジでなく、本当に良いものなのですか。

チャレンジだけだったら疲れてしまいます。弁の手術は、ダビンチならば、通常の内視鏡の10分の1の労力でできる。悔しいですが優れています。操作卓の中に手を入れ、引き寄せればズームでき、しかも3次元で見える。今まで遠いところでやっていた手術が目の前に正確に見える。ストレスなくできるという意味では、飛び込むともう出たくない冬の温水プールのようです。

-ダビンチがあれば、外科医として長く働けそうですね。

ダビンチを最初に弁の手術に用いたのは、当時72歳のカーペンティアという、高名な心臓外科医でした。手が震えないようにするフィルターがついているし、見えなかったら拡大すればいい。「僕は、これがあれば後10年できる」と言われました。

-目指す究極のロボット手術とは。

僕は今56歳で、術者として一番脂が乗っています。自分の手術内容を予めプログラミングし、ボタンを押すだけでそっくり同じことが再現できるようにしたい。手術中、僕がどこに針をどう刺し、どう持ったか…動きを全部インプットして、同じ病変を同じように縫ってくれる。シミュレーション通り、F1ドライバーがハンドルを話しても運転できるようなものが理想です。

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